色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

少し前、村上春樹さんの小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を楽天Koboで読了。

一気にではなく、「ちょびり、ちょびり」といったふうに読んでいきました。
(このところ、まとまった読書時間を取る機会が減ってきているため)

読み終わっての最初の感想は

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「おぉ~。ここで終わらせますか」

です。

「この先は、ないのですか?」って。

読者が想像できる余地をふんだんに残した終わらせ方だったと思いました。

とはいえ、読み終えたときの印象は悪くはなかったです。

文章も、全般的には読みやすかったかと。

でも、内容的には、はっきりとわかりやすさを提示したものではなく、

「これで読者に何を感じほしいのだろう、村上春樹さんは」

なんて想いも出てきます。

「世の中って、なんでも一筋縄のわかりやすいことばかりでなく、理不尽だったり、相手の都合で大いなる影響が出てきたりするものですよね。その感覚を味わいましょう」的なことだろうか?

ネットで、この本に関する(一般の方の)ブログ等を見ると、内容がどういったことになるのかの解釈が書かれていたりします。

ちょっとわかりにくいミステリー小説を読み解くかのような。

そういうのを見ると、自分が読んでいたときには気が付かなかった視点が生じ、「なるほど。そういうことを書いていたのかもな」と思わせてくれたりもします。

それが著者、村上さんの意図とどこまで通じているのかはわからないですけれど。

ともかく、読後感は「あの本は、こういう内容」とスッキリまとまるものではなく、どことなくモヤ~っとしたもの(宙ぶらりんの状態)が片付かないまま→「はい。おしまい」→「えぇ~!」って感じ。

「そこは片付くように書きましょうよ」
って人と、
「いやいや。これでいいんだよ」
って人がいそうな気が。

片付けたい人は、ネットでの解釈論を参考にして、自分なりの着地点を探す読み方になるかな。

本 + ネットでの(読者たちの)書き込み
というBook2.0とでも言えそうな構図。


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年【電子書籍】[ 村上春樹 ]